生前贈与は、相続対策として広く知られていますが、「毎年110万円までなら完全に問題ない」と単純に理解してしまうと、相続時に思わぬ誤解が生じることがあります。国税庁は、相続等により財産を取得した人が、被相続人から加算対象期間内に暦年課税による贈与を受けていた場合、その贈与財産を相続税の課税価格に加算すると示しています。出典:国税庁「No.4161 贈与財産の加算と税額控除(暦年課税)」

結論からいうと、生前贈与は「金額」だけでなく「やり方」が重要です。贈与のつもりで家族名義口座にお金を移していても、実際には名義預金とみられることがあります。この記事では、110万円贈与の考え方、相続開始前の加算、名義預金との違い、持ち戻しの注意点を、相続専門税理士が解説します。

この記事でわかること
  • 生前贈与と相続税の基本的な関係
  • 110万円贈与(暦年課税の基礎控除)の考え方
  • 相続開始前の加算(3年・7年ルール)
  • 生前贈与と名義預金の違い、持ち戻しの注意点

110万円贈与は「申告不要になりやすい枠」であって、無条件の安全策ではない

一般に「110万円贈与」と言われるのは、暦年課税の基礎控除額110万円を前提とした話です。ただし、相続の場面では、贈与税の申告が不要だったかどうかと、相続税で問題にならないかどうかは別問題です。

国税庁は、加算対象期間内に贈与されたものであれば、贈与税がかかったかどうかに関係なく、相続税の課税価格に加算するとしています。したがって、110万円以下の贈与でも、相続税の加算対象になり得ます。出典:国税庁「No.4161 贈与財産の加算と税額控除(暦年課税)」

相続開始前の贈与の加算|3年・7年ルールと100万円控除

加算対象期間は一律ではありません。国税庁によれば、被相続人の相続開始日が令和8年12月31日以前の場合は相続開始前3年以内、令和9年1月1日から令和12年12月31日までの場合は令和6年1月1日から死亡日まで、令和13年1月1日以後は相続開始前7年以内となります。出典:国税庁「No.4161 贈与財産の加算と税額控除(暦年課税)」

また、令和9年1月2日以後の相続開始では、相続開始前3年超7年以内の贈与について、一定の100万円控除の考え方がありますが、適用関係は贈与時期と相続開始日に左右されるため、個別確認が必要です。制度改正の影響を受けやすいテーマなので、最新の公的資料で確認しましょう。

生前贈与と名義預金はどこが違う?成立要件と管理の事実

比較 生前贈与(成立している場合) 名義預金(疑われる場合)
意思 渡す側の贈与意思がある 贈与の意思が明確でない
受領 受け取る側が財産として認識している 名義人本人の認識が薄い
管理 通帳・印鑑を名義人本人が管理している 通帳・印鑑を被相続人が管理している
使途 名義人本人が自由に使える 被相続人が自由に使っていた
税務 贈与済みの財産として整理できる可能性 相続財産として課税対象になり得る

家族名義の口座にお金を移したとしても、それだけで贈与が成立するとは限りません。贈与には、渡す側の意思だけでなく、受け取る側が受領し、自分の財産として管理できる状態があるかが重要です。通帳や印鑑を渡したか、本人が認識していたか、自由に使えたかなどが問われます。相続税の対象となる財産には預貯金も含まれるため、形式だけ整えても十分ではありません。出典:国税庁「No.4105 相続税がかかる財産」

持ち戻しの注意点|相続人間の公平感と遺産分割の関係

生前贈与は節税だけでなく、将来の分け方を先に整える意味もあります。たとえば、事業承継や介護負担のある子への配慮、遠方に住む相続人との調整などでは、単なる税額計算以上に意味を持ちます。

ただし、特定の子に長年贈与していた場合、相続時に他の相続人との公平感の問題が出ることがあります。民法上の特別受益(持ち戻し)の考え方と税務は別の視点が入るため、金額だけでなく記録の残し方も重要です。

贈与の証拠を残す方法|契約書・振込記録・受贈者の認識

実務では、次のものが後の説明資料になります。

  • 贈与契約書(日付・金額・相手を明記)
  • 振込記録(毎年同額・同時期の機械的な処理は要注意)
  • 通帳管理の状況(名義人本人が管理しているか)
  • 受贈者本人の認識(自分名義の財産として把握しているか)

家族間だから口約束で十分、と考えやすい部分ですが、相続が始まると、その場にいない被相続人の意思を客観的に示す必要が生じます。遺言や贈与の意図があっても、資料が薄いと名義預金との区別が難しくなるという流れは、実際の相談事例(自筆証書遺言と名義預金、手元現金と名義預金)でも見られます。

実際の相談事例:おしどり贈与を活用した生前対策

再婚家庭で、おしどり贈与・公正証書遺言・任意後見を組み合わせた相談事例では、前妻の子への遺留分配慮と、妻の住まい・老後の安心を両立させる生前対策を進めています。このように、生前贈与は単なる節税ではなく、家族全体の安心設計として機能することがあります。

税理士の視点(佐藤智春)

生前贈与は「やっているかどうか」より、「どう実行しているか」で評価が変わります。毎年同額・同時期・同じ口座に入金して終わり、という管理だと、相続時に実態説明が弱くなりがちです。相続対策として続けるなら、贈与の成立とその後の管理まで整えておくことが重要です。

まとめ|「やり方」と「記録」を整えて進める

生前贈与は相続対策として有効な場面がありますが、110万円以内なら無条件に安心というわけではありません。相続開始前の贈与は相続税に加算されることがあり、やり方によっては名義預金とみられる可能性もあります。贈与の目的、方法、記録を整えながら進めることが大切です。

生前贈与に関するよくある質問(FAQ)

毎年110万円ずつ渡せば相続税対策になりますか?

なり得ますが、相続時の加算対象になる場合があります。また、贈与として成立しているかも重要です。

生前贈与はいつまでに行えばよいですか?

相続開始前の贈与は一定期間、相続税の加算対象になるため、早めの計画と記録が重要です。

現金で渡しても大丈夫ですか?

直ちに否定されるものではありませんが、後から証明しにくくなるため、記録の残る方法が望ましい場面があります。

子名義の口座に入れれば贈与になりますか?

それだけでは足りません。受け取った側が財産として認識し、管理できる状態にあるかが重要です。

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代表税理士 佐藤智春
執筆・監修:佐藤 智春(税理士・みらいえ相続税理士法人 代表社員)
税理士登録番号 108030

相続税を専門に扱う税理士として、複雑な家族関係・分散した財産・期限目前のご相談に、財産調査から申告・納税まで一貫して対応しています。本コラムの事例は、実際に担当した相談を個人が特定されない形で抽象化しています。

本記事は実際のご相談に基づき、個人が特定されないよう情報を抽象化しています。掲載内容は一例であり、税額・節税効果・完了までの期間・対応の可否・制度の適用可否は、財産の構成や資料の状況、その時々の事情により異なります。また、当法人の過去の実績や記録が、将来の成果を保証するものではありません。